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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)12172号 判決

原告

吉田健

被告

北牧利夫

主文

一  被告は、原告に対し、金一億二九九八万七五五一円及びこれに対する平成七年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億七〇〇〇万円及びこれに対する平成七年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の普通乗用自動車と原告運転の自動二輪車とが衝突して原告が負傷した事故につき、原告が、被告に対し、自賠法三条に基づき、損害賠償額の内金請求をした事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年五月二一日午後二時一〇分頃

場所 京都市伏見区横大路竜ケ池五三―一先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 普通乗用自動車(大阪七七な六〇三一)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告

事故車両二 自動二輪車(一京都う九八七〇)(以下「原告車両」という。)

右運転者 原告

事故態様 原告車両が南から北へ直進していたところ、右前方を同方向に進行していた被告車両が左折したため、被告車両の左前側部と原告車両の前部とが衝突した。

2  被告の責任原因

被告は、自己のために被告車両を運行の用に供するものである。

3  原告の傷害

(一) 原告は、本件事故により、四六二日間の入院を要する第四・第五胸椎脱臼骨折、右モンテジア骨折、胸髄損傷等の傷害を負い、平成八年八月二四日、症状固定し、右上肢、両下肢完全麻痺の後遺障害が残り、自算会から自動車損害賠償法施行令別表の後遺障害等級一級三号の認定を受けた。

(二) 原告の治療経過は、次のとおりである。

(1) 清水病院 平成七年五月二一日救急治療

(2) 京都第一赤十字病院 平成七年五月二一日から同年八月三日まで入院(七五日間)

(3) 星ヶ丘厚生年金病院 平成七年八月四日から平成八年八月二四日まで入院(三八七日間)

4  損害の填補(弁論の全趣旨)

被告の任意保険会社は、本件事故による損害に関し、次のとおり支払った。

(一) 治療費(国民健康保険負担分除く) 二五五万五二〇九円

(二) 治療費(国民健康保険負担分) 八一五万八九四六円

但し、国民健康保険負担分一一六五万五六三七円の七割相当額

(三) 体幹装具代 六万五〇〇〇円

(四) 損害内金 三二五〇万八八〇七円

二  争点(一部争いのない事実を含む)

1  過失相殺

(被告の主張)

被告車両は、衝突地点の一二メートル手前で左折のため一旦停止し、左折の合図を出した後、継続する先行左折車両に続いて左折したものであるところ、原告は、被告車両が左折合図を出して停止していること、被告車両の前には、継続して左折する車両があったことを全く無視して被告車両の左折に何ら注意を払うことなく直進した結果、本件事故となったものであり、かつ、原告には速度違反(制限速度時速五〇キロメートルのところ、衝突時点でも時速六三キロメートルは出ていた。)による修正も考えられるので、少なくとも三〇パーセントの過失があったとされるべきである。

(原告の主張)

被告は、本件交差点において左折する際は、交差点手前三〇メートルの地点で左折の合図を出し、かつ道路左側端に寄り、後方に注意しつつ左折しなければならないのに、この義務を怠り、交差点手前一二メートルの地点で左折の合図を出し、道路左側端に寄らず、また後方の安全を確認しないで、左折開始からわずか一・八メートルの地点で原告車両と衝突したもので、言い換えれば、原告車両の直前で被告車両が左折したため、原告はとっさにハンドルを左に切って被告車両を避けようとしたが間に合わず、本件事故に至ったものである。したがって、本件事故は、被告の一方的過失により発生したものであり、過失相殺の余地はない。あえて原告の過失を認めるとしても、その割合は一割とするのが妥当である。

2  原告の損害額

(原告の主張)

(一) 治療費 一四二一万〇八四六円

国民健康保険負担分 一一六五万五六三七円

被告の任意保険会社負担分 二五五万五二〇九円

(二) 入院雑費 九二万四四〇五円

(三) 装具・日用品代 七〇八万一四八四円

(四) 入院付添費 二三一万円

(五) 交通費 九三万四四六〇円

(六) 介護料 七二一六万三〇五五円

(七) 住宅改造費 七二七万八九九六円

(八) 逸失利益 一億一五二七万〇八六五円

基礎収入 年額六八〇万九六〇〇円

労働能力喪失率 一〇〇パーセント

ライプニッツ係数 一六・九二七七

(九) 傷害慰謝料 四〇〇万円

(一〇) 後遺障害慰謝料 二五〇〇万円

(一一) 弁護士費用 八〇〇万円

(被告の主張)

治療費は認めるが、その余は争う。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(過失相殺)

1  前記争いのない事実、証拠(甲五ないし九、乙一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、京都市伏見区横大路竜ケ池五三―一先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場においては、南北方向の道路(以下「本件道路」という。)に東西方向の道路が突き当たる形で別紙図面記載のように交差している。本件道路は、制限速度が時速五〇キロメートルに規制されている。本件事故当時、小雨が降っており、アスファルト舗装された路面は濡れていた。

被告は、平成七年五月二一日午後二時一〇分頃、被告車両を運転し、本件道路の北行車線を時速約三〇キロメートルで走行し、別紙図面〈1〉地点で前方に左折予定の交差点を認め、左折しようとする先行車両(同図面〈A〉地点)に続いて減速し、同図面〈2〉地点で先行車両(同図面〈B〉地点)に続いて左折合図を出して一旦停止してから発進し、同図面〈3〉地点でハンドルを左に切って左折を開始した。他方、原告は原告車両を運転し、少なくとも時速約六三キロメートルで被告車両の左後方を走行していた。被告は、時速約五ないし一〇キロメートルで進行中の同図面〈×〉'地点で原告車両と衝突(右衝突時における被告車両の位置は同図面〈4〉地点である。)して原告車両に初めて気がつき、直ちにブレーキをかけ、同図面〈5〉地点に停止した。原告車両は、再度同図面〈×〉地点で標識柱に衝突した後、同図面〈イ〉地点に転倒し、原告は投げ出されて同図面〈ア〉地点に転倒した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、主として被告が本件道路から左折するにあたり、左後方から直進進行してくる車両の有無・動静に注意し、安全を確認して進行すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったまま左折進行した過失のために起きたものであると認められる。しかしながら、その反面において、原告としても、減速・停止している被告車両の左横を抜けて走行しようとする以上、前方における交差点の有無、被告車両の動静につき相応の注意を払いつつ進行することが期待されたというべきであるところ、前記事故態様によれば、原告にもこの点について注意を欠く点があったことは否定できない。それゆえ、本件事故の主たる原因が被告の過失にあるとしても、一方的に被告の過失のみをとがめるのは公平に反するのであって、本件においては、前認定にかかる一切の事情を斟酌し、二割の過失相殺を行うのが相当である。

二  争点2について(原告の損害額)

1  前記争いのない事実、証拠(甲二1、2、三1、2、四、乙五1、2、六1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 治療経過等

原告(昭和五〇年二月二六日生、本件事故当時二〇才)は、本件事故の結果、第四・第五胸椎脱臼骨折、右モンテジア骨折、胸髄損傷、右腕神経叢損傷等の傷害を負い、事故当日である平成七年五月二一日、清水病院に救急搬送された後、胸髄損傷を指摘され、同日、京都赤十字病院に移送された上、直ちに入院となった。受傷直後から両下肢、右上肢の完全麻痺が認められ、右モンテジア骨折に対しては、同年六月上旬、観血的骨接合術が行われた。その間、身体可動性障害による褥創が生じた。

平成七年八月四日からは、実家に近い星ヶ丘厚生年金病院に転院の上、同日から平成八年八月二四日まで入院を続け、褥創切開術、右腕神経叢部神経移植術等を受けながら、片手移動型の車椅子を使用した移動等の理学療法・作業療法が実施された。同病院の津田医師は、胸髄損傷、右腕神経叢損傷の傷病名につき、原告の症状が平成八年八月二四日固定した旨の後遺障害診断書を作成したが、同診断書には、右腕神経叢損傷による全型麻痺、胸髄損傷による両下肢完全麻痺があるとされ、三肢とも運動・知覚の完全麻痺であるとされている。

自算会大阪第三調査事務所は、原告の後遺障害につき、自動車損害賠償法施行令別表の後遺障害等級表一級三号に該当する旨の認定を行った。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 後遺障害等級、症状固定時期

右認定事実によれば、原告の症状は、平成八年八月二四日に固定したものであり、その後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害等級表一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に該当するものと認められる。

2  損害額(過失相殺前、損害の填補分控除前)

(一) 治療費 一四二一万〇八四六円

本件事故による治療費は、国民健康保険負担分一一六五万五六三七円、被告の任意保険会社負担分二五五万五二〇九円の合計一四二一万〇八四六円であると認められる(弁論の全趣旨)

(二) 入院雑費 六九万三〇〇〇円

原告は、平成七年五月二一日から平成八年八月二四日までの四六二日間入院し(前認定事実)、一日あたり一五〇〇円として、合計六九万三〇〇〇円の入院雑費を要したと認められる(なお、原告が入院雑費の項目の一つとして掲げる医師への謝礼は、適切な診療を受けるために必要な出費であったと認めるに足りないから、これを本件事故と相当因果関係にある損害とみることはできない。)。

(三) 装具・日用品代 五六七万円

証拠(甲二二ないし二九、三〇1、2、三一、三二1、2、三三ないし三六)及び弁論の全趣旨によれば、症状固定日以降将来において、原告の日常生活維持のため、電動ベッド、マットレス、ソフトナース、羊毛シーツ、防水シート、ベッドサイドレール、サイドテーブル、車椅子、バスマット、円座、ロホ・トイレットシート、ベビーオイル、手袋、落し紙、消毒液、カット綿、カテーテル、ネラトンカテーテル、尿器の各用品が必要となると認められるが、実際の耐用年数等不確定な面もあるので、装具・日用品代として五六七万円の限度で相当因果関係にある損害と認める。

(四) 入院付添費 一三八万六〇〇〇円

原告の入院した京都赤十字病院、星ヶ丘厚生年金病院は建前上完全看護体制ではあるが、原告の傷病の内容が重度であること、原告には褥創が生じたことに照らし、入院付添費を入院期間の四六二日間にわたり平均して一日あたり三〇〇〇円の限度で認めるのが相当である。したがって、入院付添費は一三八万六〇〇〇円と算定される。

(五) 交通費 九三万四四六〇円

親族による付添看護等のため、入院付添費とは別に交通費として九三万四四六〇円を要したと認められる(甲三七、弁論の全趣旨)。

(六) 介護料 四四六八万五一二五円

原告は、症状固定時二一才であり(前認定事実)、その平均余命を勘案すると、その後五六年間は要介護状態が継続すると認められる。原告の母吉田幸子が原告を介護しうるのは、症状固定後の一八年間が限界であり(一日あたりの介護料五〇〇〇円)、その後は職業付添人による介護(一日あたりの介護料一万円)が必要であると認められる。

本件事故時から症状固定時までは約一年であるから、ライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故時における介護料を算出すると、次の計算式のとおりである。

(計算式)5,000×365×(12.085-0.952)+10,000×365×(18.761-12.085)=44,685,125

(七) 住宅改造費 五四一万四四五九円

前認定にかかる原告の身体状況、証拠(甲一九1、2、二〇1、2)によれば、原告の日常生活を可能とするためには、浴室、トイレ、洗面所、床等の改良工事が必要であり、右改造をするために五四一万四四五九円を要したと認められる。浴用リフトについては、その有効性に疑問の余地があり、これによる費用を本件事故と相当因果関係にあるものと認めるには足りない。

(八) 逸失利益 一億〇三四三万二四五六円

原告は、本件事故当時、京都工芸繊維大学二回生(二〇才)であったから(甲七、弁論の全趣旨)、原告の基礎収入としては、平成七年賃金センサス産業計・企業規模計・大卒・男子労働者(全年齢)の平均年収である六七七万八九〇〇円(当裁判所に顕著)とみるのが相当である。

前認定にかかる原告の後遺障害の内容にかんがみると、原告は、本件事故の結果、就業不能の状態に陥り、その労働能力の全てを本件事故時から四七年間にわたって喪失したものと認められる。原告の就労開始時期は、本件事故の約三年後であったと想定される。

したがって、逸失利益は、ライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式)6,778,900×(17.981-2.723)=103,432,456(一円未満切捨て)

(九) 傷害慰謝料 三〇〇万円

原告の被った傷害の程度、治療状況等の事情を考慮すると、右慰謝料は三〇〇万円が相当である。

(一〇) 後遺障害慰謝料 二八〇〇万円

前記のとおり、原告の後遺障害は、後遺障害別等級表一級に該当するものであり、原告の右後遺障害の内容及び程度、両親に苦労をかけていることについての精神的苦痛を考慮すると、右慰謝料は、原告請求額を超えるけれども二八〇〇万円とするのが相当である(なお、原告は、原告の父母の固有の慰謝料を請求していないことを介護料の面で考慮されたいと主張するが、右の点は、損害額の補完作用を営む慰謝料の面で考慮するのが相当であるから、原告の後遺障害慰謝料の中で考慮することにした。)。

(一一) 以上合計

以上の合計は、二億〇七四二万六三四六円である。

3  損害額(過失相殺前に控除すべき損害の填補分控除後)

国民健康保険による保険給付は一一六五万五六三七円(前記2(一))であるから、これを二億〇七四二万六三四六円から控除すると、残額は一億九五七七万〇七〇九円となる。

4  損害額(過失相殺後)

右3の損害額から前記の次第で過失相殺としてその二割を控除すると、一億五六六一万六五六七円(一円未満切捨て)となる。

5  損害額(損害の填補分を控除後)

原告は、本件事故に関し、治療費(国民健康保険負担分除く)二五五万五二〇九円、体幹装具代六万五〇〇〇円、損害内金三二五〇万八八〇七円の合計三五一二万九〇一六円の給付を受けているので、これらを右4の損害額から控除すると、残額は一億二一四八万七五五一円となる。

6  弁護士費用 八五〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は八五〇万円をもって相当と認める。

7  損害額(弁護士費用加算後)

右5の損害額に6の弁護士費用を加算すると一億二九九八万七五五一円となる。

三  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

別紙図面 交通事故現場図

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